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さっき火事だとさわぎましたのは虹でございました。
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未曾有の大災害。
そんな言葉とともに流れるテレビの映像を見て、わけもわからず立ちすくみ、泣くしかなかった。きっと日本中がそうだったに違いない。

旦那の親兄弟は茨城県に住んでいて当初は連絡も取れず。
地震の次の日から、新婚旅行と称して、遠方の地でそろそろしょぼくれはじめている父親に会いにいくことが決まっていた。
被災した方々、今の日本の状態を思うと、とても旅行にいく気持ちにはなれなかったけれど、父親からの、心配ではちきれそうな電話を受けてやはり中国へ旅立つことにした。

むこうでもずっとテレビを見守っていた。(父の家は日本のテレビがうつる。)
行方のわからない方、亡くなった方は日に日に増えていく。避難生活を送る人々は不便な生活を強いられている。後手後手の対応で、おっつかない原発で、必死で作業する方々の安全は守られているのか?
遠くで何もできない自分自身にいらだつ。
でも、日本にいてもやっぱり私は何もできず、やきもきしていただろう。
冷蔵庫以外の電源を引っこ抜いてきたことだけが節電につながるかもしれないと少し思ったりしていた。

向こうでも地震のニュースはトップで、中でも原発の問題は大きく取り上げられていた。
漢字文化でなんとなくわかるテロップ。「50人死士」「砦」「護」「核」「来日本」、作業員の写真が大きく掲載されていた。おそらく日本よりもずっとあからさまに書かれている。よくも悪くも感情を煽るような記事なんだと思う。

仕事から戻った父から「これを日本に持って帰ってほしい」と手渡された封筒。
「日本加油」と書かれ、中には1000元(約13000円)が入っていた。
通訳の中国人(チョウさん)が「テレビを見ていてたまらず涙が出た。自分には何もできない。できることはこれしかない、このお金を日本に持ちかえって役立てて欲しい」と父に泣きながら手渡したという。「通訳の勉強をしているとき、神戸で被災した。だから今回のことも人ごととは思えない。日本が元気になるように祈っている、なんとか頑張ってください、日本頑張れ。」と涙ながらに繰り返すチョウさんに「どうしてそこまで思えるのか、よその国のことなのに、なんと有り難いことか」と、父も思わず泣いてしまい、日中のオッサン2人あつい抱擁をかわしたらしい。
1000元と言えば、物価が高騰する今でもまだまだ、大衆食堂でお昼ご飯150杯くらい食べられるくらいの金額だ。すごいな、と思った。旦那は話を聞いて父といっしょに涙ぐんでいた。私たちも恥ずかしながらその中国人に気づかされ、寄付することにした。

「日本にいる外国人はひきあげてくるよういわれている」など、本当かどうかわからないデマもたくさん流れている。心配のあまり、日本に戻っていた母にも連絡があったらしい。
「中国にいればイイ。ここで仕事探して住めばイイ。」
「中国来テ下サイ、ホントノコトデスヨ!」
中国の人は一度仲良くなれば、ものすごく大切に思ってくれる。情が深くて、泣けてくる。
でも、私は日本へ帰ります。日本人だもの。
父もやがて日本へ帰ってくるだろう。

地震から一週間たった。テレビも元に戻り始めた。
西日本は、いっしょに落ち込んでいる場合ではない。
直接的なことは、今は寄付くらいしかできないけれど、
間接的なことは日常の生活でできる。
まずは元気に働いて、お金をつかって、経済をまわすこと。
中国の人にまた日本はスゴイデスネと言ってもらいたい。

今もつらい日々を送っておられる方々を思い、
できることを意識して、毎日を過ごしたいと思う。
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